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広島地方裁判所 平成5年(ワ)1299号 判決 1997年5月29日

原告

中野多美子

中野和裕

竹井真由美

右三名訴訟代理人弁護士

小笠豊

被告

労働福祉事業団

右代表者理事長

谷口隆志

右訴訟代理人弁護士

平沼高明

加藤愼

平沼高明復代理人弁護士

平沼直人

加々美光子

主文

一  被告は、原告中野多美子に対しては金一七六〇万三四五〇円、原告中野和裕及び原告竹井真由美に対しては各金八三〇万一七二五円及びこれらに対する平成四年六月一三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告中野多美子に対し、金三九〇〇万円及びこれに対する平成四年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告中野和裕、同竹井真由美に対し、それぞれ金一九〇〇万円及びこれに対する平成四年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告中野多美子(以下「原告多美子」という。)は中野昇吾(昭和一一年四月二八日生まれ、以下「昇吾」という。)の妻であり、原告中野和裕(以下「原告和裕」という。)、同竹井真由美(以下「原告真由美」という。)は昇吾と原告多美子の子である。

被告は、労働福祉事業を目的とする特殊法人であり、中国労災病院(以下「被告病院」という。)を開設し、医療業務を営むものである。

昇吾は、平成四年一月一〇日(以下の日付はすべて平成四年である。)、被告病院に入院し、二月六日、胃亜全摘術(以下「本件手術」という。)を受けたが、その後、縫合不全、腹腔内膿瘍、MRSA感染を起こし、これを治癒する間に穿孔が生じ、それが原因となって腹腔内出血が発生し、六月一三日、頻回の出血を原因とする全身衰弱によって死亡した。

本件は、原告らが、昇吾の死亡は被告病院医師の手術手技上の過失及び術後の合併症の管理についての過失によるものとして、被告に対して債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

第三  争点

1  縫合不全は、被告病院の担当医である高橋信医師(以下「高橋医師」という。)の吻合手技上の過失に基づくか否か。

2  本件手術の終了後の腹腔内へのCDDPの投与は必要であったか否か。また、CDDPの腹腔内投与に患者への説明とその同意が必要であったか否か。

3  MRSA感染について

(一)  MRSA感染に被告病院の過失があったか否か。

(二)  MRSAに対する抗生物質の使用法に不適切な点があったか否か。

4  縫合不全・腹腔内膿瘍に対する対策

(一)  二月一一日から同月二〇日まで行われた経口摂取は適切であったか否か。

(二)  二月二一日に行われたドレナージは開腹してなすべきであったか否か。

(三)  二月二一日にドレナージには、内径の大きいドレーンを挿入すべきであったか否か。また、より早期に追加のドレナージをすべきであったか否か。

5  被告病院に縫合不全・腹腔内膿瘍に対する対策に不適切な点があった場合、被告病院の過失と昇吾の死亡との間には相当因果関係があるか。

6  原告らの損害額

第四  争点に対する当事者の主張

一  争点1(縫合不全は手術手技上の過失に基づくか否か)について

(原告らの主張)

昇吾は、二月一一日ころから、三八度前後の発熱が続き、同月二〇日には縫合不全から腹腔内膿瘍が形成されていることが確認された。この縫合不全が、その後四か月近くの間に、腹部感染、MRSAによる腹腔内膿瘍を引き起し、さらに敗血症、多臓器不全へと進展し、昇吾の全身状態を悪化させ死亡に至らせた原因である。右縫合不全は吻合手技上の過失に基づくものである。

縫合不全は、吻合手技に直接起因することが多いとされ、縫合不全の発生には様々な全身的及び局所的因子が関与するが、このうち最も重要なのは局所阻血で、言い換えれば、十分に血液供給のある組織について的確な縫合操作を行うことが、その発生を防止する第一の鍵であるとされている。

したがって、縫合不全を発症させたこと自体に過失を認めるべきである。

(被告の主張)

高橋医師は、昭和五五年九月から平成四年九月までの間に胃亜全摘術一六〇例を執刀したが、縫合不全を生じた例は本件が初めてであった。これは、高橋医師の優秀さを表徴しているものであって手術手技上の過失がなかったことを推認させる。

また、消化管手術後の縫合不全の発生に関与する因子は、全身的因子として①年齢②栄養状態③慢性疾患の併存④制癌剤やステロイド剤の長期投与⑤手術侵襲、局所的因子として①吻合部血行障害②吻合部の感染③吻合部過緊張④病変の存在⑤手術手技が存在し、縫合不全があるからといって手術手技上の過失が推認されることにはならない。

本件手術は、手術時間三時間と短く、手術操作は非常にスムーズに進行したもので手術手技上の過失によるものではない。

本件は吻合部の血行障害あるいは腸管の内外からの吻合部にかかる緊張、ないしは手術のストレス等による原因不明の縫合不全であって、高橋医師の過失によるものではない。

二  争点2(CDDPの腹腔内投与の適否)について

(原告らの主張)

CDDP(抗癌剤)の腹腔内散布は、進行癌に対して実施されるべきものであって、本件のような早期胃癌に対して実施すべきものではない。

CDDPを生理的食塩液(以下「生食」という。)二〇〇mlとともに腹腔内に散布した場合、抗癌剤の創傷治癒抑制作用及び腹水の貯留等から縫合不全を起こしやすいにもかかわらず、不必要にCDDPが腹腔内に散布されたことがその後の縫合不全の発生・憎悪に関与した。

したがって、手術後にCDDPを腹腔内に散布したことに過失がある。

また、昇吾に対するCDDPの腹腔内散布は、CDDPの散布群と非散布群の二群に分けた臨床試験のサンプルとして行われているが、患者や家族に何の説明も同意もなく臨床試験のサンプルとしてCDDPを腹腔内散布したことは違法と評価すべきである。

(被告の主張)

昇吾は、ボールマンⅡ型(進行癌)の病名で内科から手術のために外科に転科したが、手術時の肝表面に胃癌の肝転移を疑わせる肉眼所見があったのでその部分の肝臓を部分的に切除した。

このように、手術時の所見からは進行癌も完全には否定できないこと、肝転移の可能性もあったことから、高橋医師は、癌の再発を防ぐ目的でCDDPを腹腔内に散布した。

したがって、手術後のCDDPの腹腔内投与は必要なものであった。

三  争点3(MRSA感染)について

1  MRSA感染に被告病院の過失があったか否か。

(原告らの主張)

MRSA感染は、被告病院におけるMRSA感染対策が不十分であったことによるものである。

昇吾は手術日の二月六日から同月一〇日までは個室であったが、二月一〇日には四人部屋に移り、MRSA感染が確認された三月一四日以降も二度目の手術日である四月三〇日まで転室していない。

個室にも四人部屋にも手洗いのための洗面用具の設置はなく、医療関係者や家族等が部屋に出入りするのに手洗いをすることはなかった。関係者が部屋に出入りするときもマスク、エプロン、手袋、ガウンなどを使用することはなかった。

このようなMRSA感染患者の隔離の不十分、保菌者の発見と対応の不適切、手洗い、ガウンテクニックの不十分さなど院内感染対策が不十分であったことにより昇吾がMRSAに感染したのであり、被告病院には昇吾のMRSA感染について過失がある。

(被告の主張)

MRSA院内感染は昭和六〇年ころから報告例が増加したが、被告病院では平成二年一〇月一五日、MRSA院内感染防止対策マニュアルを作成し、各部所に配布の上、全病院的にMRSA対策を行い、その後も改訂を行い、今日に至っている。

右マニュアルによって、①MRSA患者取扱い方針②院内清掃・消毒方法③患者に接する場合の注意④医療器械・器具・材料に関する注意⑤ベッド及びその周辺の注意、に分けてMRSA対策を行っており、対策は十分であった。

2  MRSAに対する抗生物質の使用法に不適切な点があったか否か。

(原告らの主張)

昇吾がMRSAに感染した三月一四日以降、ハベカシン、ミノマイシン、クロマイが使用されているが、MRSAに最も有効とされているバンコマイシンが使用されていない。

ハベカシン、ミノマイシン、クロマイを使う場合でも、一週間使用してみてその効果がない場合には他の抗生物質に変えるべきであった。

(被告の主張)

昇吾の膿瘍腔から検出されたMRSAはハベカシン、ミノマイシン、クロマイに感受性を示していた。

バイコマイシンを使用しなかったのは、バンコマイシンの静脈内投与は平成三年一一月二九日から健康保険の適用が認められたばかりでその効能が定まっていなかったのに対し、右三種の抗生剤は効能が明らかであったこと、及び、昇吾の場合は膿瘍腔のコントロールが最重要であったところ、洗浄液としてMRSAに対する殺菌効果のあるイソジン液を使う一方MRSAに感受性のある右三種の抗生剤を全身あるいは局所投与を行うことにより膿瘍腔のコントロールを行うことができたことから、バンコマイシンを投与する必要がなかったためである。

四  争点4(縫合不全・腹腔内膿瘍に対する対策)について

1  二月一一日の経口摂取の開始について

(原告らの主張)

本件では、二月九日ころから37.5度から三八度の発熱があり、白血球は二月一二日には九八四〇個/mm3、同月一三日には一万四〇〇〇個/mm3と増加し、CRP値は同月一二日には25.8mg/dlと高く、急性炎症の存在を示しており、同月一二日に実施された胸部X線撮影では胸水の貯留が見られ、同日撮影された腹部のX線像でも大腸ガス像、小腸ガス像と小腸ガス部のもやもやした所見が見られるから、縫合不全を疑うべきであった。

したがって、高橋医師が縫合不全の疑いがあるにもかかわらず、それを否定して、二月一二日から同月二〇日まで昇吾に経口摂取をさせたことは不適切であった。

(被告の主張)

二月一一日と同月一二日に高橋医師は縫合不全を疑って、胃透視検査、胸部X線写真、腹部エコー等の検査を行ったが、縫合不全を疑うべき所見が得られなかった。縫合不全があるときは、たとえ小さな縫合不全であっても胃透視で縫合不全部から腹腔内に向かって「ひげ」と称される小さな造影剤の漏出があるので縫合不全の診断が可能であるが、本件では造影でも明らかな造影剤の漏出がなく、ドレーンからも汚染された排液は出ていない。

したがって、二月一一日から経口摂取を行ったことに過失はない。

2  二月二一日のドレナージは再開腹してなすべきであったか否か。

(原告らの主張)

二月二一日に高橋医師はエコーガイド下ドレナージを施行しているが、再開腹ドレナージをすべきであった。

この時点で縫合不全が自壊しており、癒着していた縫合不全部を温存する必要はない。また、同日は術後一四日目であり、この時点での再開腹は炎症もあり、かなりの癒着が想定されるが、完全な線維化硬化ではなく細線維化の程度で剥離は可能であったし、横隔膜下、脾周囲、膵周囲を巻込む左腹部の大きな膿瘍腹膜炎病巣が存在していたのであるから、開腹した上で直視下に病巣内容の除去と洗浄を行い、内径の大きいドレーンを何本も挿入して膿とともに炎症浸出物の排出を図らなければならなかった。

(被告の主張)

高橋医師は二月二一日、左横隔膜下膿瘍に対してエコーガイド下ドレナージを施行し、径三mmのドレーンを留置した。

この時点では横隔膜下膿瘍に対してのみ的確なドレナージ法を考えればよいこと、現在はエコー、CTなどの画像診断が発達していることから縫合不全部に手を加えないでできる侵襲の少ないエコーガイド下ドレナージ法が第一選択である。

したがって、再開腹ドレナージを行わなかったことについて過失はない。

3  二月二一日のドレナージには、内径の大きいドレーンを挿入すべきであったか否か。また、より早期に追加のドレナージをすべきであったか否か。

(原告らの主張)

再開腹ドレナージができなかったとしても、高橋医師のとったドレナージの方法は不適切であった。内径の大きいドレーンで洗浄すべきであるのに、三㎜のドレーンでドレナージをしたため病巣が大きく残存し、再ドレナージが行われ治癒が遷延し、MRSA感染、残胃穿孔、大量出血に移行した。

したがって、二月二一日には、内径の大きいドレーンを挿入すべきであった。

また、三月一二日に内径四㎜のドレーンが追加留置され、四月一日に内径八㎜のドレーンが追加留置されているが、ドレーンを追加する時期が遅かった。そのために、治癒が遷延し死亡につながった。

したがって、ドレーンの追加が遅れたことについて過失がある。

(被告の主張)

エコーガイド下ドレナージは、超音波画像でリアルタイムにドレーンの挿入を看視しながら他の臓器を損傷しないように安全に膿瘍腔内にドレーンを挿入する方法であり、膿瘍の周囲には、脾臓、横行結腸、下行結腸、残胃、横隔膜があり、ドレーン挿入に際してこれらの臓器を損傷する危険が高いことから、太いチューブへの交換や第二、第三のチューブの挿入には、出血、胃腸管穿孔及び肺損傷などの危険があるので、高橋医師が三㎜のチューブ一本を用いて毎日洗浄と吸引を行って治療したことについて不適切な点はない。

五  争点5(被告病院の過失と昇吾の死亡の因果関係)について

(原告の主張)

本件では、昇吾に胃・十二指腸縫合不全に続いて横隔膜下膿瘍腹膜炎が発生し、それに対して被告病院はドレナージを行ったが、治癒が遷延し、そのためにMRSA感染、大量出血を併発し、開腹止血には成功したものの、最終的には腸管損傷、出血の持続、全身衰弱、多臓器不全で死亡したものである。

四月二四日の残胃穿孔は、二月二一日以降挿入された三本のドレーンのいずれかによる圧迫壊死か、抗生物質の投与、イソジン洗浄が繰り返され、洗浄によりなめされた胃壁の血行障害壊死がもたらした結果であり、縫合不全に対して適切な治療が早期に行われなかった結果である。

したがって、縫合不全に対する処置の誤りと昇吾の死亡との間には相当因果関係がある。

(被告の主張)

1 経口摂取の継続と昇吾の死亡との因果関係の不存在

一般に胃・十二指腸吻合を行った時に縫合不全が多い場所は小弯側の吻合部であり、同部の縫合不全であれば、左横隔膜下に漏出した液が貯留する前に左肘下面に挿入されていたドレーンから何らかのインフォメーションが得られ、漏出した消化液も右ドレーンから腹腔外に誘導されていた可能性が高い。ところが、今回の縫合不全部は通常とは異なり、吻合部前壁の中央であったため、そのため漏出した消化液は胃の大弯側に沿って横隔膜下に流れてドレーンが効かず、また、前腹壁に最も近いためすぐに前腹壁で癒着して被覆され、その結果、縫合不全部が閉鎖した。

したがって、二月一二日から同月二〇日までの経口摂取が不適切であったとしても、右経口摂取と膿瘍腔の縮小が遅れたことひいては昇吾の死亡との因果関係はない。

2 被告病院の術後管理体制と昇吾の死亡との因果関係の不存在

死亡の原因は、残胃穿孔による出血の持続、多臓器不全であって、縫合不全が原因ではない。縫合不全に伴う膿瘍腔は四月一日に全開放が達成されたのであり、同月三日のCTでも膿瘍腔の縮小が見られる。その後、発熱も三七度の前半(微熱)となり、白血球五〇〇〇から六〇〇〇個/mm3、CRP3.4mg/dlから3.6mg/dlと炎症反応も沈静化し、膿瘍の消失も時間の問題であった。

当初の縫合不全と残胃穿孔は全く異なる部分に生じたものである。残胃穿孔が発生しなければ昇吾は死亡しなかった。本件は、原因不明の術後の縫合不全を原因として発生した膿瘍に対する高橋医師の処置が成功して縫合不全に伴う症状がほぼ治癒したときに、突如として発生した特発性(原因不明)の胃穿孔によって不幸な転帰をたどったものである。

死亡の原因である残胃穿孔の原因が不明である以上、昇吾の死亡が避けられたか否かも不詳である。開腹ドレナージは縫合不全部をさらに悪化せしめる危険があるし、エコー下のドレナージ治療法にも残胃や結腸そして脾臓の損傷などの合併症の発生も危惧され、一〇〇パーセントという治療法はない。縫合不全の治療が仮にもっと早い時期に成功したとしてもそれによって死亡を避け得たか否かは不明である。

残胃穿孔の原因としては、①ドレーンによる圧迫壊死②残胃潰瘍③特発性残胃壊死などが考えられるが、本件で因果関係を特定できる明らかな証拠はない。残胃の穿孔は非常に稀であり、どのような処置を講じれば残胃の穿孔を回避できたかは不明である。

したがって、被告病院に術後管理につい不適切な点があったとしても、それと昇吾の死亡との間には相当因果関係はない。

3 争点6(原告らの損害額)について

(原告らの主張)

(一) 逸失利益

昇吾は死亡当時五六歳であり、平成四年度の給与所得は金七三〇万九三四四円の見込みであったところ、就労可能年数は一一年でそのホフマン係数は8.59であるので、生活費控除三〇パーセントで計算しても、その逸失利益は金四三〇〇万円を下らない。

原告多美子は、右逸失利益の二分の一を、原告和裕と同真由美は各四分の一ずつを相続した。

(二) 慰謝料

(1) 昇吾の慰藉料 金二〇〇〇万円

原告多美子がその二分の一を、その余の原告らが各四分の一ずつをそれぞれ相続した。

(2) 原告ら固有の慰藉料

原告多美子につき金五〇〇万円、その余の原告につき各金二五〇万円が相当である。

(三) 墳墓・葬祭費

原告多美子が金三五〇万円を負担した。

(四) 原告らは、右損害金合計のうち金七〇〇〇万円を請求する。

(五) 弁護士費用

被告の負担すべき弁護士費用としては、金七〇〇万円(原告多美子分金三五〇万円、原告和裕分及び同真由美分各金一七五万円)が相当である。

第五  事実経過

証拠(乙二ないし五、一〇、検乙一ないし一一、証人高橋信)及び弁論の全趣旨によれば、昇吾の被告病院への入院から死亡までの経過について次の事実が認められる。

一  手術日以前

一月一〇日 被告病院内科に入院。

一月一三日 被告病院内科から同外科ヘボールマンⅡ型の進行胃癌として紹介。

二月 三日 被告病院内科において早期胃癌Ⅱc型(表面陥凹型)と診断され同院内科より同院外科に転科する。

二  手術日から経口摂取開始まで

二月 六日 午前九時 手術室入室。

胃亜全摘術施行、幽門側切除、ビルロートⅠ法(残胃と十二指腸の吻合)で残胃の再建。

肝臓に肝転移を疑わせる部位(肝臓の表面に米粒大の大きさの腫瘍があった。)が認められたため肝生検術施行。

閉腹時に癌再発予防のため、CDDP五〇mg及び生食二〇〇mlを腹腔内に注入。

ウインスロー孔(肝十二指腸間膜の後方にある孔)より異常を探るためのドレーン二本を挿入。

手術時間三時間。出血量は七五〇gで輸血は行わず。

五%生食二〇ml+ホスミシン(抗生物質の一種)0.5gを朝夕二回投与(同月二〇日まで継続)。

午後一時三〇分 手術終了

午後三時 創痛あり。ペンタジン(ベンズアゾシン系鎮痛剤)一五mg注射。

午後五時 体温37.9度

午後六時 腹部痛を訴える。ボルタレン(非ステロイド性抗炎症剤)挿入。

午後七時 腹部痛あり。ペンタジン一五mg注射。

二月 七日 午前〇時 体温37.8度

午前一時二五分 体温37.7度

午前三時 体温37.2度

午前五時一五分 腹部痛あり。ペンタジン一五mg注射。

午前七時 腹部痛あり。ボルタレン挿入。

午前九時三〇分 体温36.9度

午後一時二五分 腹部痛あり。ボルタレン挿入。

午後二時三〇分 腹部痛あり。ペンタジン一五mg注射。

午後五時四五分 息苦しさを訴える。胸写及び心電図検査を行う。異常は認められず。体温37.5度。

午後九時 腹部痛あり。ペシタジン一五mg注射。

午後一一時 痛み止めが効かず眠れない旨訴える。ペンタジン一五mg注射。

二月 八日 午前〇時 痛みのため入眠せず。

午前三時 ナースコール。腹部痛を訴える。ペンタジン一五mg注射。ボルタレン挿入。ドレーンから淡々血性の排液あり。

午前四時四五分 痛み自制不可。ペンタジン一五mg注射。

午前六時 体温36.9度

午前九時 胸の苦しさを訴える。体温36.3度。

午前一〇時 ワゴスチグミン、熱気浴により排ガスあり。

午後二時 母指大の排便あり。

午後八時 腹部痛を訴える。セルシン(催眠鎮静剤)7.5mg注射。

二月 九日 午前一時三〇分

腹部痛訴える。ペンタジン22.5mg注射。

午前六時三〇分 腹部痛訴える。ペンタジン22.5mg注射。

午前一〇時 ワゴスチグミン、熱気浴により排ガスあり。

午前一一時 片手一杯黒茶色泥状便あり。

午前一一時三〇分 胃管抜去。

午後二時 排ガスよくある。

午後九時 体温37.7度。

二月一〇日 午前一時二〇分

腹部痛を訴える。ペンタジン22.5mg注射。

午前一〇時 腹部の張りを訴える。ドレーンからの排液は淡々茶から淡々血性。

午後九時 息苦しさ及び腹部痛のため眠れない旨を訴える。

二月一一日 午前六時

腹部痛を訴える。ペンタジン一五mg注射。体温37.9度。

午前一〇時 経口摂取開始

午後一時三〇分 腹部痛を訴える。ペンタジン22.5mg注射。

午後五時 体温38.2度。

午後一〇時 腹部痛を訴える。ペンタジン一五mg注射。

三  経口摂取後絶食まで

二月一二日 午前二時五〇分

腹部痛のため入眠できず。

午前四時四五分 腹部痛のため入眠できず。

午後二時 体温三六度

午後七時 左腹部に圧迫感を訴える。

白血球九八四〇個/mm3、CRP値25.8mg/dl。

レントゲンによる胃透視を実施。造影剤の腹腔内への漏出は認められず。

胸部X線撮影により左胸水が、腹部超音波検査により左横隔膜下に液体の貯留がそれぞれ認められる。ミノマイシン(テトラサイクリン系抗生物質)一〇〇mgを朝夕二回全身投与(同二〇日まで継続)。

高橋医師は、胸水は横隔膜下の液貯留のための炎症性変化と推測し、横隔膜下膿瘍の疑いを持つ。

二月一三日 午前一時一五分

腹部痛あり。ボルタレン挿入。

午後九時 体温38.1度

腹部創の一部を抜糸し、腹腔内の様子を探るも消化液や膿の存在は認められなかった。

白血球一万四〇〇〇個/mm3。

二月一四日 午前六時

体温三七度

午後二時 体温38.2度

午後九時四〇分 腹部痛あり。ボルタレン挿入。

腹部超音波検査により左横隔膜下に液体の貯留が認められる。

二月一五日 午前六時

体温36.1度

午後五時 体温三七度

胃切除時に右肝床部に挿入したドレーンを抜去。

高橋医師は、昇吾の炎症につき肝臓から腹腔内に漏出した膵液の感染化が原因でないかと疑い、これに対処するためにFOY(抗酸素製剤)の使用を開始。

二月一六日 午前六時

体温37.9度

午前九時三〇分 腹部痛あり。ボルタレン挿入。

午後五時 体温三七度

午後一〇時一〇分 腹部痛あり。ボルタレン挿入。

二月一七日 午前六時

体温36.5度

午後二時 体温38.4度。腹部痛あり。ボルタレン挿入。

白血球八九七〇個/mm3、CRP値9.2mg/dl。

二月一八日 午前六時

体温37.7度。腹部痛あり。ボルタレン挿入。

午前一〇時 体温36.2度

午後一時三〇分 体温36.3度

午後六時 体温三六度

午後一一時四〇分 腹部痛あり。ボルタレン挿入。

五%生食一〇〇ml+クロマイ一g朝夕二回投与(同月二四日まで)。

二月一九日 午後二時

体温36.7度

超音波検査の結果、左胸水が消滅しないため、左胸腔内に胸水排除の目的でドレーンを留置。

腹部及び胸部CT検査の結果、左横隔膜下から腹腔内にかなりの範囲に液体が貯留しており濃度の不整より膿瘍と診断。左胸水は炎症が波及したためと診断。

二月二〇日 午前六時

体温36.5度

午前一〇時三〇分 体温37.4度

午後三時 体温三八度

午後七時 体温37.1度

左横隔膜下膿瘍の原因解明のために胃透視検査の実施。

経口摂取した造影剤の腹腔内漏出は認められない。

正中腹壁術創部の発赤が認められたため開腹した結果、胆汁が混入した消化液の排出が認められる。

正中創を開いたところから造影剤を注入して造影したところ、残胃の粘膜像が写ったため、高橋医師は、腹壁前面に接した残胃と十二指腸縫合部に微細な縫合不全が生じたものと判断した。

絶食を指示し、経静脈性高カロリー輸液(IVH)を開始。

白血球九九〇〇個/mm3、CRP値7.9mg/dl。

二月二一日 左横隔膜下膿瘍に対し超音波ガイド下膿瘍ドレナージ術施行。

左横隔膜下膿瘍に対し、膿の排出、薬物の注入、膿瘍腔洗浄の目的で内径三mmドレーンを留置。

造影剤を入れて膿瘍腔の造影。残胃及び十二指腸は写らず膿瘍腔と残胃との交通性を示す残胃の造影は認められない。

約一〇〇mlの古い血液が混ざった膿の流出があったが、二月一九日まで摂取していた食物の残渣は認められない。

右膿を検査した結果は、アミラーゼ値三七三IU/l、ビリルビン値0.8mg/dlであった。

二月二二日 正中創より汚い胆汁様の排液。同部にネラトン管(腹腔内の貯留液を排出するための硬いゴム製カテーテル)を設置。

左横隔膜下腔をイソジン生食液で洗浄するとすぐにきれいになる。

膿瘍腔内にミノマイシン一〇〇mg投与(同月二八日まで継続)。

膿瘍腔は腸内細菌による複数菌感染の可能性が考えられるため第三世代のセフェム系抗生剤を使用。

白血球六九一〇個/mm3、CRP値6.2mg/dl。

二月二三日 午後五時三〇分

体温38.1度

二月二四日 午後六時

体温37.1度

二月二五日 午後五時

体温37.4度。

二月二一日の超音波ガイド下膿瘍ドレナージ術時に得られた膿瘍液の細菌培養結果、細菌は認められず。

胸腔より八〇mlの排液を吸引するが汚染なし。

正中創からは胆汁が混ざった排液多量にあり。

二月二六日 午後五時二〇分

体温37.7度

イソジン生食液での膿瘍腔洗浄開始。

二月二七日 午後三時

体温38.6度

白血球二万六八〇〇個/mm3。

二月二八日 午前一〇時

体温37.4度。

白血球二万二五〇〇個/mm3、CRP値二二mg/dl。

左横隔膜下腔のドレーンから汚染された排液が排出。

左胸腔のドレーンから何も出てこない。

正中創から胆汁が混ざった消化液毎日八〇〇mlの排出。

腹部CT検査の結果、左横隔膜下膿瘍がなお持続していることが判明した。

三月 一日 五%生食一〇〇ml+サンセファール一g朝夕二回投与(同月七日まで継続)。

三月 二日 腹部創より毎日一〇〇〇mlの排液あり。

左横隔膜下腔より小豆色の排液あり。

三月 三日 白血球五七〇〇個/mm3、顆粒球の核左方移動陰性、CRP値八mg/dl。

左胸腔内に留置した胸水排除用ドレーンを抜去。

三月 四日 解熱傾向。ガーゼ汚染は多い。

三月 六日 白血球八七二〇個/mm3、顆粒球の核左方移動陰性、CRP値5.5mg/dl。

三月 七日 二月二〇日から続いていた正中腹壁術創部からの消化液の排出が停止した。

三月 八日 五%生食二〇ml+ホスミシン0.5g朝夕二回投与(本日は夕方のみの投与。同月一四日まで継続)。

三月 九日 白血球七七五〇個/mm3、顆粒球の核左方移動陰性、CRP値4.9mg/dl。

正中創からの排液がほとんどなくなる。食事開始。

ドレーンからのイソジン生食での洗浄を一日二回に増加。

三月一〇日 ミノマイシン投与(同月一三日まで継続)。

三月一一日 白血球九一九〇個/mm3、CRP値11.5mg/dl。

三八度を超える弛張熱。弛張熱の原因がIVHによるカテーテル敗血症の可能性が考えられたため、IVHを中止。

五%生食一〇〇ml+スルペラゾン(複合抗生物質製剤)一gを朝夕二回投与(同月一四日まで継続)。

三月一二日 膿瘍腔のドレナージ効果及び洗浄効果を高める目的で、左横隔膜下膿瘍に対し、再び超音波ガイド下に内径四mmのドレーン一本を追加留置。

三月一三日 膿瘍腔からの排液の細菌培養の結果、MRSA陽性でミノマイシン、クロマイ(クロラムフェニコール系抗生物質)、ハベカシン(アミノグリコシド系抗生物質)に感受性が認められた。

三月一四日 ハベカシン一A+生食一〇mlを膿瘍腔内へ注入を開始(四月八日まで継続)。

ドレーン排液毎日三六〇mlで順調。

下痢止まる。

三月一六日 白血球六一六〇個/mm3、CRP値6.1mg/dl。

クロマイ全身投与(同月二九日まで)。体温37.7度。

三月一七日 左鎖骨下静脈よりIVH再開。

三月二三日 白血球八一九〇個/mm3、CRP値3.7mg/dl。

三月二四日 腹部CT検査の結果、左横隔膜下膿瘍は二月一九日及び二月二八日と比較すると相当縮小しており膿瘍の治癒機転が見られるものの残存。

白血球一万四五〇個/mm3、CRP3.7mg/dl。

三月三〇日 腹部CT検査の結果、左横隔膜下膿瘍は前回(三月二四日)に比べ減少。治癒機転が働いて器質化しつつある。

白血球数六八二〇個/mm3、CRP6.4mg/dl。顆粒球の核左方移動陰性。

四月 一日 膿瘍腔造影。膿瘍腔内への造影剤注入により全膿瘍腔が写し出された。

膿瘍腔からの排液の細菌培養の結果、MRSA陽性でミノマイシンに対して耐性。

さらなるドレナージ効果及び洗浄効果を得るために左横隔膜下膿瘍へ内径八ミリメートルのドレーンを一本追加留置。

ビクシリン(合成ペニシリン系抗生物質)一g+五%生食二〇ml朝夕二回投与(本日は夕方のみの投与。同月八日まで継続)。

四月 三日 ハベカシン一A+生食一〇〇mlの全身投与(同月一五日まで)。

腹部CT検査の結果、左横隔膜膿瘍は著明に改善。

白血球八〇九〇個/mm3、CRP14.1mg/dl

四月 四日 発熱軽度。白血球七九六〇個/mm3。

四月 六日 膿排出は同じ状態。

四月 八日 CRP値3.8mg/dl。

四月 九日 クロマイを横隔膜下膿瘍に対して投与(同月一六日まで継続)。

昇吾の全身状態は改善し、全身ではないが体を洗うことができた。

四月一六日 膿瘍腔からの排液の細菌栽培の結果、MRSA陽性で感受性の程度はクロマイ(+++)、ハベカシン(+)。

四月二〇日 ドレーンからの排液は洗浄ですぐにきれいになる。

膿瘍腔に留置していたドレーンを少し引抜き短縮した。

四月二一日 ドレーンからの排液はレンガ色。

四月二二日 ドレーンの排液が血液が混ざった膿汁となる。

四月二四日 左横隔膜下膿瘍に挿入していたドレーンより経口摂取した牛乳の固まり、野菜の破片が認められる。

四月二五日 絶食。

ドレーンより唾液様物の排出。

四月二七日 ドレーンより胆汁の色をした液及び血液の排出。

四月二八日 ドレーンから膿と血液の排出。

ガーゼは新鮮な血液と凝固塊で汚染。意識は傾眠傾向。

四月二九日 出血五〇〇ml。胸腔用ドレーンを少し引抜く。

午後一〇時二〇分にドレーンより血液の排出があり大量吐血。

四月三〇日 胃の全摘出を行うことにより残胃の腹腔内との交通を遮断する目的で緊急開腹術を施行したが、長期間の炎症による各臓器の癒着等のため、腹腔内各臓器の特定不能で出血源を止血し、腹腔ドレナージを行うためのドレーンを留置することしかできなかった。

この時点で、高橋医師は昇吾の予後は悲観的であると判断した。

なお、開腹の途中、胃・十二指腸吻合部が正中の腹壁創に癒着しており、そこを剥離すると結合していないことが認められた。

五月 一日 以後は、腹腔内からの大量の消化液の排出と出血が認められ、それに対して一日二回の強力な腹腔内洗浄療法、ほとんど毎日新鮮凍結血漿の投与、適宜新鮮血の投与、しばしば血小板輸血を行う。

六月一二 下顎呼吸。

六月一三日 午前八時四三分死亡。

第五  当裁判所の判断

一  前提事実

本件で事実経過を検討するために必要な指標は以下のとおりである(乙五、二四)。

1  CRPとは、体内に急性の炎症や組織の損傷があるときに、血清中に増える蛋白質の一種であり、CRP値は本件では急性細菌感染症の指標として使用されている。正常値は約0.7mg/dl以下。

2  白血球数は、白血球が体内に異物や細菌が侵入して炎症を起こした場合に血液中に白血球が増えることから、本件では、細菌感染症の指標として使用されている。正常値は四〇〇〇から九〇〇〇個/mm3。

3  アミラーゼ値は、アミラーゼが膵臓に豊富に含まれることから、本件では、腹腔内に膵液が漏れ出ていないかどうかの指標として使用されている。血清中の正常値は、五〇から一八五IU/l。

4  ビリルビン値は、胆汁がビリルビンを含むことから、本件では腹腔内に胆汁が漏れていないかどうかの指標として利用されている。血清中の正常値は、0.2から1.0mg/dl。

二  争点に対する判断

1  争点1(縫合不全は手術手技上の過失に基づくか否か)について

証拠(甲八、一三、一七、二〇、乙一一、鑑定結果)によれば、縫合不全の原因は、全身的因子として、栄養状態、慢性疾患、ショック等があり、局所的因子として、吻合部血行障害、吻合部過緊張、吻合部の感染、手術手技上の問題その他であること、胃癌根治手術実施後における縫合不全発生の頻度は、医療施設による差異はあるものの、平均的には二から三%の割合で発生していること、がいずれも認められる。

したがって、吻合手技上の過失はいくつかある縫合不全の原因の一つにすぎないのであるから、縫合不全の存在のみから手術手技上の過失を推認することはできず、他には手術手技上の過失を認めるに足りる証拠はない。

2  争点2(CDDPの腹腔内投与の適否)について

証拠(乙一三、鑑定結果)によれば、CDDPの腹腔内散布は臨床例において手術創の治癒遅延の報告がなされていないこと、本件手術のように単剤でCDDP五〇mgを二〇〇mlの生食とともに腹腔内散布し一〇分間待った後、ドレーンを入れて生食で洗浄する方法で散布されたものであれば一般的には縫合不全の発症及び増悪の原因とはならないこと、早期胃癌でもリンパ節転移の可能性はあり、本件のように結果的には早期胃癌であっても一時的にでもボールマンⅡ型と診断されるような肉眼形態をとるものは、リンパ節転移も高率で手術成績も悪いことがいずれも認められる。

右各事実及び前記認定のとおり開腹時の肉眼所見で肝転移の疑いがあったことを考慮すると、高橋医師がCDDPの投与の必要性を説明せず昇吾らの同意を得ないままにそれを腹腔内散布し、その結果を研究資料として用いたとしても、これを違法と評価することはできない。

3  争点3(MRSA感染)について

(一) 感染についての被告病院の過失の有無

証拠(乙八、証人高橋信)によれば、被告病院では平成二年一〇月にMRSA院内感染防止マニュアルを作成し、院内の感染発生数の確認はしていたが、MRSAに感染した患者が出た場合でもその患者を必ず隔離することは行われておらず、消毒剤やペーパータオルの用意、紫外線での殺菌もなされていなかったこと、MRSA感染患者がいる場合にその患者の病室の出入り口に特別の洗面器を用意して医者・看護婦・面会者が手洗いをすることは行われていなかったこと、関係者が感染患者の部屋に出入りするとき、ガウンや手袋を着用することは行われていなかったこと、以上の事実が認められる。

証拠(甲一〇、一八、一九)によれば、MRSA感染症は、病院内における医療・看護行為または汚染環境を介する場合のみでなく、もともとMRSAを保菌していた患者が免疫力の低下などを契機として菌が増殖することもあるし、患者に対する抗生物質の頻回使用によってMRSAの選択が起こり、当該患者が発症することもあることが認められる。

右各認定事実によれば、被告病院のMRSA対策は必ずしも十分であったとは言えないが、その対策の程度が被告病院程度の規模、内容の施設における一般的水準以下であることを認めるに足りる証拠はない。また、MRSA感染症の原因は院内感染以外にも複数存在するところ、昇吾のMRSA感染がいわゆる院内感染によるものであることを疑わせるに足りる証拠もない。

したがって、原告らのこの点についての主張は採用できない。

(二) 抗生物質の使用法の適否

証拠(甲一八、一九)によれば、MRSAに対して抗生物質を使用する際には、検出されたMRSAの感受性試験によって効果が確認された抗生物質を選ぶ必要があること、経口薬の抗生物質でMRSAに有効とされているものには、ニューキノロン系抗菌剤のノルフロキサシン、オフロキサシン等、その他の抗生物質としてミノマイシン、リファンピシン、ハベカシン、バンコマイシン等があること、特にバンコマイシンが最も有効で耐性の報告はなく効果が認められる場合が多いこと、しかし、バンコマイシンをまず使わなければならないとはされていないこと、がそれぞれ認められる。

本件では前記認定のとおり高橋医師は昇吾のMRSAに感受性のあったミノマイシン、クロマイ及びハベカシンを投与し、殺菌効果のある(甲一九)イソジン生食で膿瘍腔の洗浄を行っており、昇吾の炎症症状は徐々に軽快したことが認められる。

したがって、被告病院の抗生物質投与に不適切な点を認めることはできない。

4  争点4(縫合不全・腹腔内膿瘍に対する対策)について

(一) 二月一一日からの経口摂取の適否について

(1) 前提事実

証拠(甲九、一四、一六、一七、二〇、乙一二、二二)によれば次のとおり認めることができる。

① 本件のように胃と十二指腸を吻合した場合の治療経過は、吻合部は手術直後は吻合糸による物理的支持力によって接合されており、術後三ないし四日目からは増加した線維芽細胞がコラーゲンの産出を開始し、術後七日目ころには生化学的に強固に結合される。

② 多くの縫合不全は、術後二日ないし一〇日目ころに発生し、その典型的症状は、頻脈、発熱(三八度以上の熱が日差一度以上で上下するが、最低体温が平熱まで下降することはほとんどないもの。いわゆる弛張熱の発生)、白血球の増大、疼痛が主なものであり、これを検査によって確認するには、手術時に腹腔内に留置したドレーンからの排出液に変化があるかどうか、右排出液の細菌学的検査が陽性であるかどうか、消化管内に造影剤を注入してX線撮影を行うことによって造影剤の漏出があるかどうかを確認すること(透視検査)等の方法が用いられる。

また、縫合不全が生じた結果、横隔膜下に膿瘍が発生した場合には、X線撮影により胸水の貯留や上腹部の遊離ガス像が認められることが多い。

③ ドレーン排出液の検査については、ドレーンが十分に機能しないことも少なくなく、また、造影剤注入によるX線透視については、胃と十二指腸間には発生した縫合不全はX線透視で確認されることは比較的少ない。

したがって、縫合不全の有無の診断のためには、ドレーン排出液の検査及びX線透視検査の各結果を参考にしつつ臨床症状の内容を考慮する必要があり、場合によっては、CT検査や超音波検査をも実施しなければならない場合もある。

(2) 判断

前記認定のとおり、昇吾は、手術直後から三七度台後半の発熱が継続しており、息苦しさ、腹部痛をも訴え、この痛みは時に自制ができない痛みであり、鎮痛剤及び抗炎症剤の度重なる投与をせざるを得なかった程のものであったこと、経口摂取を開始した翌日の二月一二日には炎症反応の指標である白血球数が九八四〇個/mm3(正常値四〇〇〇から九〇〇〇個/mm3)、CRP値が25.8mg/dl(正常値0.7mg/dl以下)と異常高値を示していた上(CRP値は二月一二日の値が経口摂取を開始してから四月二四日の残胃穿孔までの間で最も高い数値を示した)、胸部X線検査により左胸水の存在が、腹部超音波検査により左横隔膜下に液体の貯留がそれぞれ認められ、高橋医師は横隔膜下膿瘍の疑いを持ったことが認められる。そして、証拠(検乙二、鑑定結果)によれば、二月一二日に撮影した腹部X線写真では遊離ガス像様のものを読みとることが可能であると認められる。

右に認定した各事実からするならば、高橋医師は、二月一二日には縫合不全の発生を疑い、それに対応した処置を行うべき注意義務があったということができる。

したがって、高橋医師が昇吾に対して経口摂取を二月一二日以降も継続したことは右注意義務に違反した行為であり過失によるものと評価すべきである。

この点、被告は、胃透視の結果では縫合不全の所見がなかったこと、手術時に腹腔内に留置したドレーンからの排出液に異常は存在しなかったこと、二月一三日に腹部創の一部を抜糸して腹腔内の様子を探ったが異常はなかったこと、以上を理由として、二月一二日の時点においては高橋医師が縫合不全の存在を疑わず経口摂取を続けたことについて過失はないと主張する。

しかし、縫合不全の有無の判断にとってX線透視の持つ意味はさほど大きくなく、縫合不全が存在してもX線透視においてその所見が認められないことが少なくないこと、及び留置ドレーンが十分に機能しないことがあることはいずれも先に説示したとおりであり、また、鑑定結果によれば、二月一三日に行われた程度の腹腔内探索では縫合不全に基づく消化液等の漏出の有無を確認することは困難であると認められるから、被告主張の事実は前記判断を妨げるものではない。

(二) 二月二一日の腹腔内膿瘍に対するドレナージ術は再開腹して行うべきであったか。

(1) 前提事実

証拠(甲一七、乙二三、二四、鑑定結果)によれば、次の事実を認めることができる。

① 膿瘍の治療は、症状が軽微で膿瘍が小さいときには、抗生剤を投与して経過を観察するが、症状が進行性で膿瘍の部位が明らかである場合には、超音波(エコー)又はCTの誘導下に経皮的に穿刺した上、ドレーンを挿入してドレナージを行う。この経皮的ドレナージ法は、開腹して行うドレナージに比較すると治療期間が短くて済み成績も良いと一般的に認められている。開腹術によるドレナージが適応する症例は、経皮的ドレナージを行ったが効果がなかった事例、穿刺が困難な事例、膿瘍の粘度が高くドレナージが困難な事例等である。

② 初回手術から一週間程度以上経過すると、腹腔内の炎症性変化により再開腹手術は困難になる。

③ 開腹ドレナージによる合併症としては、腎、肝、肺等の重要臓器の損傷、播種性血管内凝固症候群、多臓器機能不全等が報告されている。

(2) 判断

高橋医師は、昇吾の左横隔膜下膿瘍は縫合不全に起因するものと判断した二月二〇日の翌日の同月二一日に経皮的ドレナージ術を行っているが、同日は初回手術から二週間が経過しており再開腹することによるリスクは大きくなっていたこと、前記のような開腹術によるドレナージの適応の症例ではなかったことからすれば、高橋医師が開腹ドレナージを選択しなかったことについて不適切な点はなく過失は認められない。

(三) 二月二一日のドレナージには、内径の大きいドレーンを挿入すべきであったか否か。また、より早期に追加のドレナージをすべきであったか否か。

高橋医師が二月二一日に左横隔膜下膿瘍部分に挿入したドレーンは内径三mmのものであったが、膿瘍の排出とイソジン生食による膿瘍腔の洗浄には一定の効果を発揮していたのであり、二月二一日のドレナージをもって不適切であったとは言えない。

しかし、前記認定のとおり二月二五日には正中手術創からは消化液の混入した排液が漏出したのであるから、消化液が腹腔内を汚染していることは十分に考えられ、また、二月二三日ころから生じた発熱は二月二八日になってもなお持続し、炎症の指標が二月二七日には白血球二万六八〇〇個/mm3、二月二八日には白血球数二万二五〇〇個/mm3、CRP値二二mg/dlと著明に増大し、二月二八日の腹部CT検査結果からは左横隔膜下膿瘍がなお存在していることが明らかとなった。

これらの事実関係からするならば、高橋医師は、三月初めの時点でドレナージ効果を増大させるために内径八mmのドレーンを追加留置する処置を行うべきであったと考えられる。

この点、新たなドレナージ挿入にはリスクが伴うとする医師の意見(乙二一)があるが、約一〇日間の化学療法及び三mmのドレーンによる治療にもかかわらず膿瘍が縮小せず昇吾の症状が改善しなかったことからすれば昇吾の膿瘍が自然治癒することは期待できない状態にあったこと、及び腹腔内膿瘍の治療方法としては抗生物質による化学療法とドレナージしかないことを勘案すると、高橋医師は二月二八日の時点においてドレーンを追加留置すべきであったと認めるのが相当である。

したがって、高橋医師にはドレーンの追加留置が遅れた点について過失が認められる。

5  争点5(被告病院の術後管理の過失と昇吾の死亡との間の因果関係)

(一) 二月一二日以降も経口摂取を継続した過失と腹腔内膿瘍が縮小しなかったこととの因果関係

(1) 前提事実

証拠(甲二〇、鑑定結果)によれば、縫合不全の治療にとっては絶食と栄養補給のための高カロリー輸液が最も重要であり、縫合不全が存在する時に経口摂取を行うと食物や食物摂取によって分泌された消化液が腹腔内に漏出することにより、腹腔内膿瘍が悪化・拡大することが認められる。

(2) 判断

前記認定のとおり経口摂取を開始した翌日の二月一二日には炎症反応の指標である白血球数が九八四〇個/mm3(正常値四〇〇〇から九〇〇〇個/mm3)、CRP値が25.8mg/dl(正常値約0.7mg/dl以下)と異常高値を示したこと、二月一二日以降も発熱及び腹部痛は続き、左横隔膜下膿瘍の大きさは検査がなされていないため拡大したとは確認されていないが縮小したとは考えられないことからすれば、二月一二日以降も経口摂取を継続したことによって少なくとも腹腔内膿瘍が縮小しなかったと認めることができる。

この点、証人高橋信は、二月六日の胃亜全摘術後に縫合不全が発生したが、術後最初に胃透視検査を実施した二月一二日には縫合不全部は正中手術創と癒着して閉じていたと供述している。仮に右供述のとおり縫合不全部が完全に閉じていれば、経口摂取を行っても食物や食物摂取によって分泌された消化液が腹腔内に漏出することはなく、経口摂取と腹腔内膿瘍が悪化とは因果関係がないことになるので、検討の必要がある。

二月一二日の時点で縫合不全部が閉じていたという高橋供述を支える事実としては次の事実を挙げることができる。

まず、縫合不全部が閉鎖したこと自体を裏付ける事実として、①二月二〇日に正中壁術創部を開腹した結果、胆汁が混入した消化液の排出が認められ、正中創を開いた部分から造影剤を注入して造影したところ残胃の粘膜像が写ったことが挙げられる。

次に、経口摂取時に既に閉じていたことを裏付ける事実として、②二月一三日に手術創の一部を抜糸して腹腔内を探ったが消化液の存在が認められなかったこと、③二月二一日に採取した腹腔内膿瘍のアミラーゼ値及びビリルビン値は消化液の混入の認められない低い値であったこと、④二月二一日に造影剤を入れて膿瘍腔の造影を行っても残胃及び十二指腸は写らず膿瘍腔と残胃との交通性を示す残胃の造影は認められなかったこと、⑤縫合不全が存在するときに経口摂取を行えば摂取した食物及び消化液の漏出が起こり、腹腔内膿瘍が悪化するはずであるのにCRP値は二月一二日の25.8mg/dlから二月二〇日の7.9mg/dlまで改善をしていること、⑥本件のように八日間経口摂取を継続すれば縫合不全部の拡大が生じてもおかしくはないこと、が挙げられる。

しかし、①については、縫合不全部と正中壁術創部の癒着が認められたからといって直ちに縫合不全部が正中部で完全に覆われて閉鎖していたことにはならないし、②については、二月一三日の腹腔内探索の程度では消化液の漏出の有無を判断することはできないことは前述のとおりであり、③については、二月二一日に採取した膿瘍内に消化液が認められなくても、経口摂取を開始した二月一二日から九日経過していることから、二月一二日の経口摂取により消化液が漏出したかどうかの判断資料としては十分なものとはいい難い、また、④については、前日の二月二〇日に縫合不全部と癒着していた正中創を一旦開いて閉じており、二月一二日と同じ状態であったかどうかが不明であることからすると、二月一二日の時点で縫合不全が完全に閉鎖していたと認めるに足りる事実とは認められない。

さらに、⑤についてはCRP値が改善したことは抗生物質の効果と考えられるし、二月二〇日の7.9mg/dlは正常値の約0.7mg/dlから見れば依然として高値であり、本件のCRP値と縫合不全の存在とは矛盾しないし、⑥については、縫合不全部がごく小さなものであったこと、抗生物質の投与により炎症反応が抑えられていたこと及び縫合不全部が正中腹壁と癒着していたことから、摂取した食物及び消化液の漏出が抑えられ縫合不全部の拡大が生じなかったとも考えられるのであって、縫合不全部が完全に閉鎖した根拠とはなり得ない。

そもそも、本件では胃亜全摘術後に縫合不全が発生したこと自体には争いがないのであるから、被告において経口摂取開始以前にこれが完全に閉鎖したことを証明しない限りは、縫合不全部の閉鎖によって経口摂取が膿瘍腔の縮小の遅延に影響しなかったことを認めることができないが、これまで検討してきたように縫合不全が完全に閉鎖して経口摂取が膿瘍腔の縮小の遅延に影響しなかったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、縫合不全が存在するにもかかわらず経口摂取を継続したために腹腔内膿瘍が縮小しなかったと認めるべきであり、被告病院が二月一二日以降も経口摂取を継続させた行為と腹腔内膿瘍が縮小しなかったことには因果関係が認められる。

(二) 留置ドレーンの選択及びドレーンの留置時期に関する過失と膿瘍の縮小の遅延との因果関係

高橋医師は、二月二一日に内径三mmのドレーンを挿入した後、三月一二日と四月一日の二度にわたるドレーン挿入を無難にこなしており、内径四mmのドレーンが挿入されてドレナージ効果が大きくなった三月一二日から一〇日余りの間に膿瘍は相当に縮小して治癒の兆しが見られるようになっていたことからすると、ドレーンの追加挿入が三月初めに行われていたならば、本件において昇吾の残胃が穿孔した四月二一日ころ以前には膿瘍が治癒し、長期にわたるドレーンの留置及びイソジン生食による洗浄が行われていなかった可能性は高いものと推認できる。

(三) 残胃穿孔の原因

証拠(乙二一、鑑定結果)によれば、残胃穿孔の原因は、いずれかのドレーンによって胃壁に圧迫壊死が生じたこと又はイソジン生食による長期間の洗浄によって胃壁がなめされ、そこに血行障害壊死が発生したことのいずれかであると認められる。

証人高橋信は、ストレス性潰瘍の可能性もある旨を供述するが、その可能性もあるという程度のものであることからすると、本件における残胃穿孔の原因は前述のとおりであると認められる。

(四) 昇吾死亡の直接原因

昇吾の死亡の直接の原因は、多数回にわたる腹腔内出血を原因とする全身衰弱であるが、この腹腔内出血は、証拠(乙二一、証人高橋信)によれば、残胃が穿孔し消化液が腹腔内に漏出したことによるものであると認められる。

(五) 結論

以上述べてきたところからすると、被告病院が昇吾に対する経口摂取を継続したことにより、縫合不全により発生した腹腔内膿瘍が縮小せず、留置ドレーンの選択及びドレーンの留置時期に関する過失によって膿瘍の縮小が遅延し、膿瘍の縮小が遅延したために長期間にわたるドレーンの留置及びイソジン生食による洗浄が行われ、それがために残胃穿孔が生じ、消化液が腹腔内に漏出し、多数回にわたる腹腔内出血を引き起こして昇吾を死亡に至らしめたのであり、被告病院の術後管理上の過失と昇吾の死亡との間には相当因果関係があると認められる。

6  争点6(原告らの損害)について

(一) 昇吾の逸失利益 金二〇二〇万六九〇〇円(請求額は金四三〇〇万円)

証拠(甲二四、原告本人中野多美子)によれば、昇吾の平成四年度の年収は金七三〇万九三四四円であったこと、及び昇吾は平成四年度で定年になり、その後六〇歳までは嘱託に採用される予定であったこと、がそれぞれ認められる。

右事実と昇吾の年齢は入院時点で五五歳九月、死亡時点では五六歳二月で若くはない年齢であったこと、昇吾は早期のものであったが胃癌であり、手術内容も胃亜全摘術であって大がかりなものであったことを勘案すれば、被告病院における前述の過失がなく治癒退院ができていたとしても、その労働能力及び就労可能期間につき本件疾病発症前と同一に復したと認めることは相当でない。

そして、前記の事情を考慮すると、昇吾は、死亡時から一二年間、年収は本件疾病発症前の五〇%を得ることができたと認めるのが相当であり、また、後記のとおりの家族構成からすると、その生活費控除は四〇%とすべきである。よって、昇吾の逸失利益額は次の計算のとおり金二〇二〇万六九〇〇円となる。

7,309,344×0.5×0.6×9.2151=20,206,900

原告多美子は昇吾の妻であり、原告和裕及び同真由美は昇吾の子であることについて当事者間に争いはないので、原告多美子が金一〇一〇万三四五〇円、原告和裕、同真由美が各金五〇五万一七二五円の範囲で右損害についての損害賠償請求権を承継したと認められる。

(二) 慰藉料 金一〇〇〇万円(請求額は金三〇〇〇万円)

昇吾の年齢、家族構成(残された家族は、妻であり昭和一六年八月一一日生まれの原告多美子、長男であり昭和三九年五月一六日生まれの原告和裕及び長女で昭和四二年三月三〇日生まれの原告真由美であること)、本件における被告病院の過失の態様(二月一一日からの経口摂取は妥当でなかったものの、抗生物質の投与、レントゲン検査、CT検査等を実施して炎症反応に対する対応に努めていること、ドレーンの追加留置が遅かったもののドレーンによる膿瘍の排出に努め、四月一日には膿瘍腔の開放を達成していること、その他は特に過失が認められないこと)その他本件に現れた事実関係を総合的に考慮すると、被告病院の過失と相当因果関係のある損害として被告が負担すべきものとして昇吾に対して生じた慰藉料額は金一〇〇〇万円が相当である。これを原告多美子が金五〇〇万円、その余の原告らが各二五〇万円を承継したと認められる。

原告らの固有の損害は右に述べたとおりの被告病院の過失態様に鑑みるとこれを認めるのは相当ではない。

(三) 葬祭費等 金一〇〇万円(請求額は金三五〇万円)

証拠(原告本人中野多美子)によれば、原告多美子は昇吾の葬祭費として一〇〇万円を超える金員を支出したことが認められるので、被告病院の過失と相当因果関係のある損害として被告が負担するべき葬祭費等は金一〇〇万円とするのが相当である。

(四) 弁護士費用 金三〇〇万円(請求額は金七〇〇万円)

本件事案の内容からするならば、原告らが本訴遂行のために必要とした弁護士費用も被告の不法行為と相当因果関係のある損害として被告がこれを負担すべきものと認められ、その額は金三〇〇万円(原告多美子につき金一五〇万円、その余の原告らにつき各七五万円)とするのが相当である。

三  結論

よって、原告らの本訴請求は、不法行為(民法七一五条一項)に基づく損害賠償金のうち、原告多美子が金一七六〇万三四五〇円、原告和裕及び原告真由美が各金八三〇万一七二五円及びこれらに対する平成四年六月一三日から各支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれらをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加藤誠 裁判官白神恵子 裁判官松山昇平)

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